■このインタビューはNintendo DREAM 2006年8月号に掲載されたものです。
■ネタばれがありますので、エンディングまでプレイしていない人は決して読まないで下さい。
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前編
「いい人」になった糸井さん
─ 『MOTHER3』で最高にせつないのはラストバトルで…。
糸井
…そうですね。
─ その、せつないラストバトルの話に入る前に、ちょっとシナリオについて…。シナリオはN64版の時代に、海外で書き上げたという話でしたよね。
糸井
サイパンに行って書いたんです。書き上げたときはうれしかったですね。
─ 今回のGBA版と、シナリオの大筋は…?
糸井
大筋は変わってないです。でも、ものすごく明るくなってます。N64版のシナリオは、もっともっと陰鬱でした。シナリオを書いた10年前って、いまと比べて、暗い面とか悲しい面とか、突きつけられるものがもっと少なかったように思うんです。ゲームの選択肢もあまりなかった時代ですし…。それで、僕は人が嫌がる方向に掘っていこうって思っていて、N64版は今回以上にえげつないシナリオだったんです。
─ N64のときのインタビューでは、「ユーザーを裏切りたい」という話もしてましたよね。
糸井
そう。まさに「裏切るためにつくりました」みたいなところもあって…。同じようなものがシリーズとして繋がって、それをルーティーンのようにつくっていくというのはビジネスとしては非常にいいんですけど、自分としては楽しみながらつくりたいし、思い切ったこともやりたいわけです。ただ、そういった手法は自分としては間違っているとも思っていて…。相撲で巴投げしちゃう、みたいな。
一同 (笑)
─ 自滅するようなものですね(笑)。
糸井
最初からお前の負けじゃん!みたいな(笑)。N64のときは、そういうことを狙っちゃってたんですよ。
─ それがどうして、GBA版では明るいシナリオになったんですか?
糸井
しばらく考えて)……いい人になったんでしょうね。
一同 (笑)
─ 糸井さんが「いい人」になっちゃったのは、熱い『MOTHER』ファンの影響もあって…?
(注1)
糸井
それは全然ないです。公言しますけど、「ファンが変えた俺」っていないっすよ。そんなんだったら石原裕次郎さんだって、高倉健さんだって変わってますよ、俺のせいで(笑)。ファンの声というのは確かにありがたいし、うれしいですけど、それだけで人が変わってしまうようなことはないですよ、きっと。そういうことじゃないんです。人から影響を受けてるようじゃ、モノはつくれないです。
─ 失礼いたしました!
糸井
いやいや。それよりは、大きいのは身内の存在です。社員が結婚するとかさ。
─ なるほど。
糸井
『2』をつくってたときは、グループのなかに妻帯者がいなかったくらいなんです。ゲーム開発に関わるのは、変わりもんの集まりみたいなところがあって、「徹夜したくないようなヤツはこんなとこにいるな」みたいな空気が蔓延していたわけです。ゲーム雑誌もそうでしょうけど(笑)。
─ 編集部は独身だらけです(笑)。
糸井
「普通の幸せを求めるんだったら、よそのちゃんとした会社に行けばいいじゃないか!」みたいなね(笑)。そんな感じのことを、ロックな感じで誇りに思ってるみたいな時代があるわけです。「タバコを吸い過ぎて、気持ち悪いんだァ〜」みたいなことを自慢げに言ったりとか。
一同 (笑)
↑糸井さんの会社「東京糸井重里事務所」ではおよそ30人の社員さんたちが働いているそうです。そこでつくられる「ほぼ日刊イトイ新聞」は今年で創刊8周年
糸井
でも、いまになってみると、自分がふだんから付き合ってるチームの、たとえば社員に子どもが産まれたりするとうれしいし、社員が病気になると、本当に悲しくなるんですよ。だから、自分もお父さんになっちゃったわけですよ、ホントの意味で。格好つけて、それで死んじゃったら何にもなんないし、タバコでゴホンオホンやってると、いい仕事はできないわけですよ(笑)。
─ それでタバコもやめちゃったわけですね(笑)。
糸井
そういう変化が、『MOTHER3』をつくっている長い歳月の中であったわけですね(笑)。
↑タバコのCMに出演するほどのヘビースモーカーだった糸井さんも、「いい仕事をするために」4年ほど前にスパッと禁煙
PROFILE
糸井重里
いとい しげさと
1948年11月10日生まれ。群馬県前橋市出身。A型。とってもおもしろいウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰。スタジオジブリ作品のコピーも手がけている。そして、MOTHERシリーズの母。
カッコイイもの: ホームラン
すきなたべもの: コロッケパン
ほぼ日刊イトイ新聞 :www.1101.com
任天堂 『MOTHER3』のページ
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注1:熱いMOTHERファンの影響
3年前の『MOTHER1+2』の発売日。東京の渋谷TSUTAYAでは記念イベントが行われたんだ。この日は糸井さんが1日店長をつとめるということもあって、徹夜で並ぶなど、大勢のファンが集ったんだよ。
↑糸井さんとの記念撮影も行われてファンは大喜び!
セリフを書きながら、泣きそうになった
─ それでは、せつないラストバトルの話に入ります。あのラストバトルを体験すると、誰もがCMの柴咲コウさんのような顔になっちゃいますね。
(注2)
糸井
柴咲さんには、『MOTHER3』で感じたことをそのまましゃべっていただいたので、自然体でとってもいい顔をしてましたよね。
─ やっぱり、ラストバトルのセリフに、心をしめつけられちゃうんですよね。
糸井
ラストのセリフは、一行書くごとに選択肢があったので、すらすら書いていくというよりは、自分自身でセリフを噛みしめながら書いていったって感じでしたね。あのようなシーンは、合宿をしてみんなでセリフを考えるわけにはいかないんです。そういった部分だけを溜めておいて、ほかの仕事をすべて断った状態で、ひとりっきりになって書いていったんです。だからそれはもう苦しかったんだけど、できたときはうれしかった。うーん。いまあらためて振りかえってみても、やっぱりすごい体験でしたね。
(注3)
─ プレイヤーとして体験していても、すごいな…って感じさせられました。ラストバトルはまさに家族の物語になっていて…。
糸井
うん。
─ 兄弟の戦いがはじまってしまうわけですが、お母さんの存在がものすごく大きいですよね。
糸井
あそこは、とても複雑ですよね。お母さんは、兄弟どっちにもやめろって言いたいんだけど、生きてる方のリュカに対しては、すこしきつくせざるを得ない。だけど、いちばんかわいそうなのはクラウスなんです。まず救うべきは善人より、悪人からなんです。そこにはとても深い意味があるんですけど、結局ひらがなだけで書かなくちゃいけないセリフなんで、あんまり難しいことはいえないんですよね。
─ しかも、短かめに言わなければなりませんし。それにしても、あのラストバトルは、プレイヤーの心の動きをそうとう読んでバランスをとったのかなって思いました。
糸井
ええ。でも、セリフでバランスはつくることはできるんですけど、操作の微妙なタイミングとかっていうのは、実際にプログラムをしてくれるブラウニーブラウンのスタッフたちにプレイヤーに「頼むぞ」って祈るようにしてお願いするばかりでしたね。…それに、どこで感情がこみ上げてくるかっていうのは、人によって違ってくるんでね…。
─ 感動したシーンは、プレイヤーによって異なるみたいですね。
糸井
僕は、自分で書いていても、気持ちがこらえきれなくなるセリフがあるんですよ。
─ それは…?
糸井
やっぱり「つかれたでしょう」なんですよ。
─ ああ…。(言葉にならずに、涙目に)
糸井
せつな…。(編集者の涙に気づいて)ああ、もう言っただけでもダメですね。
─ つかれたでしょう…。ごめんなさい。そのセリフを聞いただけでも、ダメになっちゃいますね…。
糸井
あれは、なんていうんだろう…。うん、男の子が泣くセリフですよね…。
─ そうですよね…。お兄ちゃんがあんなにむちゃくちゃしたのに、「つかれたでしょう、もうお母さんのところにおいで」って言われて…。
糸井
そうですね…。あの「つかれたでしょう」の一言は…いや、ほんとうに困ったセリフですよね。
─ ほんとうに、困ったセリフですね(笑)。
nindori.com
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インタビュートップ
注2:CMの柴咲コウさんのような顔
『MOTHER3』のTVCMでは、女優のの柴咲コウさんがプレイの感想を話しながら涙ぐむ姿が放送されて話題になったんだ。実際にプレイすると、彼女の気持ちがわかるだろ?
↑あのラストでは、誰もが涙したはず
注3:合宿をしてセリフを考える
ゲームに登場する魅力的なセリフの数々は、糸井さんと開発スタッフが、東京の吉祥寺のホテルに一緒に泊まり込んで書いたものなのだよ。朝から夜中まで部屋にこもり続けるという、ハードなものだったんだ。
↑『M3』の開発会社
ブラウニーブラウン
も吉祥寺に