123456完結編

リュカ『3』の開発再開は絶対ムリだと思って生きてきた

─ (ゲームの最初にキャラクターの名前を決めるときの声色をまねて)OKですか?
糸井 あはは、OKです(笑)。
─ あの「OKですか?」の声は糸井さんなんですよね。
糸井 声録られてたの、知らなかったんですよ〜。十何年も前に、たなかひろかっちゃん(注1)が、僕に「OKですか?」って言わせるための引っ掛けをして、内緒でこっそりテープ録ってたんですよね(笑)。しかも、録り直しせずに『3』でもそのまま使ってるんですよ。
─ あれを聞いて、「『MOTHER』が本当に帰ってきたんだなあ」と思いました。
糸井 そういう人多いです。じゃあ、「OKですか?」が入っていなかった『1』の立場はどうなるんだって(笑)。みんな『2』をものさしにしてますね。そのことが、つくづくよくわかりました。
─ それにしても『MOTHER3』の売れ行きがとても好調ですよね。おめでとうございます。
糸井 ありがとうございます。でも、発売してから疲れちゃいました。
─ 発売前も、すごくそわそわしてたそうですね。
糸井 してた! してた! やっぱり子供なんですよ、ソフトが。
─ なかなか生まれなかった子供が、ようやく生まれてくるような…。
糸井 そんなとこね。だから、こんな気持ちになるなんて、思いもよらなかったんです。
─ すごく長い制作期間だったわけですが、それにはどんな想いが?
糸井 いや、ぜんぜん作ってない期間がありますから(笑)。でも、最初に「こんな話にしよう」って考えついた時はすごく面白かったし、開発の最後も同じように濃い期間でしたね。もちろんチームプレイですから、自分が直に動くということがたくさんあるわけじゃないし、ただ気を揉んでるだけの期間もけっこう長かったんです。
─ ファンのみんなも、ずっと気を揉んでいました。
糸井 はい。ごめんなさい(笑)。
─ N64版の開発中止の発表は2000年のことで、まったくあきらめていた中で、その3年後に開発再開の発表があって…。
糸井 『1+2』の発表の時ですね。
─ どせいさんの「まざーすりーもつくってるです」というメッセージを読んで、みんなで喜びあったんですが…。
糸井 …ウソだい!って(笑)。でも、開発中止の発表の後で、もう1回『3』をつくるというのは、時間や労力からいっても、絶対ムリだって思って生きてきたんです。だから今回の仕事は、『MOTHER2』とか『3』の浮遊霊みたいなものと行進するようなものだったんですよ。三途の川を渡ってくっていうか(笑)。
CM画像
↑すごくうれしかった、どせいさんからの発表
PROFILE
糸井重里 いとい しげさと
1948年11月10日生まれ。群馬県前橋市出身。A型。とってもおもしろいウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を主宰。スタジオジブリ作品のコピーも手がけている。そして、MOTHERシリーズの母。 
カッコイイもの: ホームラン
すきなたべもの: コロッケパン
ほぼ日刊イトイ新聞 :www.1101.com


注1:たなかひろかっちゃん 慶一くん
田中宏一・鈴木慶一 / 『MOTHER』『MOTHER2』の音楽を作った人達。
─ でも、見事に完成させることができて、「糸井さんと開発スタッフのみなさんに感謝しています」という読者さんからのハガキがいっぱい届いています。
糸井 恐縮です。いや、だからドキドキしてるんですよ。普通につくったものとは意味が少し違うんですよね。「とむらい合戦だ」みたいな復讐心があったわけではないし、何だかわからないけど、ホントに祈りのような気持ちなんですよ。一所懸命に祈ると、みんなで天にいけるぞみたいなね。
─ 『MOTHER3』の発売は、ファンがうれしいだけじゃなく、かつて開発中止を発表した岩田さん(注2)も含めて、開発に関わった人たちみんながうれしくてしょうがないんじゃないでしょうか。
糸井 それはもう! 岩田さんはN64版のころからの『3』のプロデューサーですしね(笑)。だけど、思えば『MOTHER3』を一度中止にしたっていう判断は、その後の様々なDSのヒットにつながってるわけです。そして、もし岩田さんが社長にならなかったら、『3』の開発再開という大冒険にはならなかったわけですから。だから…「転べば糞の上」とはよく言うけどもね(笑)。
─ あまりいい喩えではないような…(笑)。
糸井 それはまちがった使い方だった(笑)。「おあい船にも船頭」。…じゃない、「泣き面に蜂」?…まあ全部違いましたけど(笑)。そのときは哀しいことでも受け止めて、まともに租借する気持ちがあれば、最後に祈りを加えて、そうすれば何か起こるということを今回も学びましたね。
─ 『2』じゃないですけど、「いのる」って大事ですよね。
糸井 「いのる」って大事。「うたう」とかもね。
「いのる」
↑『2』『1』のラストでは、それぞれ「いのる」や「うたう」が鍵になった

注2:岩田さん
岩田聡/任天堂代表取締役社長。『MOTHER2』開発のプロデューサーで、メインプログラマーだった。

フリントホットケーキを焼くのとはワケが違う

─ 話を戻しましょう(笑)。画面が公開されたとき、『MOTHER』シリーズらしい温かみのあるドット絵だったのでホッとしました。
糸井 ドット、ホッとしたのね(笑)。
─ 豪華なCGがあふれる中で、ドット絵の選択をしたというのは、糸井さん的にはどうなんですか?
糸井 豪華なCGっていうのは、僕の選択肢にはないんですよ。「CGって平凡じゃん」って思ってるんです。テレビ観たって、映画観たってCGだらけなんだから。CGは「キレイ」とか「豪華」というような言葉と一緒に使うものじゃなくって、「まあ、普通のCGですよね」って言うべきなんですよね。絵を描くのだから、それに合った絵を描けばいいわけですし、世の中の流れとはまったく無縁に考えてました。
─ でも、ファミコン20周年によるドットブームとうまく結びついたような感じもありますが。
糸井 偶然です。偶然。開発がズルズルと長くなるのが、僕がやってるチームの特徴で。例えば、「なんでDSじゃないんですか?」って言われたって、DSのほうが後から出たんだもんって(笑)。『3』はDSが発表される前からつくりはじめたわけですよ。だから、「なんでドット絵ですか?」って言われたって、「前からドット絵だったんだもん」って(笑)。そんなに簡単にハンドルは切れないんですよね。でも、一番最先端のGBミクロが出て、「GBミクロでできるのはうれしいな!」って言うようになって(笑)。
一同 (笑)
糸井 ところが今度はまた「なんでミクロなんですか?」って言われちゃうようになるわけですよ。そんなカンタンに変えられるわけないじゃないですかっ! もう、ほんとにね、ホットケーキ焼いてるんじゃないんだからねー(笑)。
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