─ 『Newスーパーマリオブラザーズ(以下Newマリオ)』は、前年度にワールドワイドでいちばん売れたソフトだったそうですね。おめでとうございます。
手塚 ありがとうございます。
─ 全世界で950万本ということなんですけど、950万本と聞いても、大きすぎてピンときませんよね(笑)。
手塚 そうですよね(笑)。
─ 普通、1000万本レベルだと、「どーだ!」って態度になると思うんですけど、手塚さんはとても謙虚ですよね。このような大ヒットは慣れっこになってる感じなんでしょうか。
手塚 いや、別に慣れてないですよ(笑)。1000万本という数字はやっぱり大きいですし、たくさんの人たちに遊んでいただけて本当に感謝しています。でも、『Newマリオ』に関しては、僕たちがもともと理想としていた売れ方をしたように感じています。
─ それはどういう…?
手塚 DSというゲーム機は、これまでゲームで遊ばなかった人たちにも楽しんでいただけてますので、これを機会に、なるべくたくさんの人に『マリオ』のゲームに触れてほしいと思ったんです。実際、『マリオ』を1度も遊んだことのない人たちはたくさんおられるはずですし、昔遊んだけど、最近はゲーム機に触っていない人もたくさんいらっしゃるわけですね。そんな人たちが振り向いてくれるようなソフトになるといいなという思いが強かったんです。だから、パッケージにしても、アートワークを担当しているスタッフがそんな思いをくんでくれて、「黄色でぜひ作りたい」と言ってくれたわけですね。
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PROFILE
手塚卓志 てづか たかし
1960年11月17日大阪府生まれ。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒。1984年に任天堂に入社して以降、『デビルワールド』を皮切りに、『スーパーマリオブラザーズ』『ゼルダの伝説』『ヨッシーストーリー』『どうぶつの森』など、手がけたタイトルは数知れず。愛称は「てんてん」。血液型はB型
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─ 通常、DSのケースはダークグレーですけど、『Newマリオ』だけが黄色で発売されたんですね。
手塚 もちろん、DSのソフトパッケージのガイドラインというものがあるんですけど、「『Newマリオ』は特別」ということで認めてもらったんです。やっぱり、初代の『スーパーマリオブラザーズ』のカセットが黄色でしたので、それを彷彿させるようなカラーにしたら、インパクトがあるんじゃないかということになったんです。
─ 読者からは、「DSのカードも黄色にしてほしかった」という意見も寄せられていました(笑)。
手塚 ふふふ(笑)。そんなアイデアもあったんですが、できる範囲ということで、今回はパッケージだけを黄色にしたんですね。
─ でも、1度新しい色のパッケージが出てしまうと、ほかのソフトも別の色にしたいという要望も出てくるんじゃないですか?
手塚 だから「今回だけね」って言われました(笑)。
一同 (笑)
─ 実際にどんなユーザーさんが遊んでると感じてますか?
手塚 幅広い層の人たちです。でも、よく聞くのは、過去に『マリオ』を遊んで、しばらくゲームから遠ざかっていた人たちですね。やっぱり黄色いパッケージの効果もあったのか(笑)、「懐かしい」って感じて遊んでいただけてるようですね。
─ CMには松嶋菜々子さんを起用されましたよね。
手塚 あのCMの効果はとても大きかったと思います。だから、ふだんはゲームで遊ばないような、ごく普通の女性の方たちにも『Newマリオ』を楽しんでいただけてるようで、うれしいです。
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↑黄色のファミコンカセットとDS版のパッケージ(手塚さんのサイン入り)
↑ベッドの上でくつろぎながら『Newマリオ』をプレイする松嶋菜々子さんのCM
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─ DSの大ヒットを語るときに、どうしても『脳トレ』のようなタッチジェネレーションズのタイトルが引き合いに出されることが多いと思うんです。その中で、王道のアクションゲームである『Newマリオ』が大ヒットしたということについて、どう感じてますか?
手塚 もともと『マリオ』って、やったことはないけど、名前だけは知ってるという人たちもたくさんいたと思うんです。そういった中で、タッチジェネレーションズが広がったおかげで、『マリオ』に触ってもらうキッカケになったと思っています。もし、タッチジェネレーションズがない中で、『Newマリオ』が売り出されたとしたら、これほど広がらなかったと思うんです。
─ これまでの『マリオ』って、ハードと同時に出て、牽引役を果たすことが多かったですよね。
手塚 DSのときは『スーパーマリオ64DS』が同時発売だったように。だから、『Newマリオ』に関して言うと、DSがたくさん普及した、ちょうどいい時期に売ることができたと思ってるんです。それは『マリオ』というタイトルにとってもよかったし、任天堂にとってもよかったかなと思っています。
─ そもそも『Newマリオ』は、どのように企画が生まれたんですか?
手塚 ディレクターの足助(重之さん)やプロデューサーの木村(浩之さん)が、DSで正統の『マリオ』を作ってみたいという思いを強くもっていたんです。
─ 足助さんって、小学校時代に初代『スーパーマリオ』をプレイしていたそうですね。だから、すごく若いディレクターさんなんですね。
手塚 27歳かな? 彼はすごいゲーマーなんです(笑)。
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─ 足助さんは、N.O.Mのインタビューの中で、ファミコンミニの『スーパーマリオ』のヒットが、『Newマリオ』を作るキッカケになったような話をしていますよね。
手塚 そうですね。ファミコンミニの『スーパーマリオ』もコンスタントにずっと売れていて、携帯ゲーム機でも、『マリオ』のちゃんとした新作が欲しいという声は多かったんですよ。そんな中で足助たちは、GBアドバンスの『マリオ』にずっと携わってきて、自分たちでオリジナルのゲームを作りたいという思いが強くなっていったようですね。
─ GBアドバンスで、『スーパーマリオ』シリーズのリメイク版が4作出ていますけど(注:右の表を参照)、足助さんはその仕事にかかわったわけですね。
手塚 そうです。
─ それで、リメイクばっかりじゃなくって、『マリオ』の新作を作りたいと。
手塚 ええ。足助たちはGBアドバンスのリメイク版をずっとやってきたので、『マリオ』のことを知り尽くしているんですよ。
─ 若いのに(笑)。
手塚 ええ、若いのに(笑)。僕も『マリオ』のゲームをずっと作ってきたスタッフのひとりですけど、細かな遊びに関しては忘れてることもだいぶあって、そのときは彼らに聞くんです(笑)。
一同 (笑)
手塚 ホントに細かなところまでよく知ってるんですよ(笑)。だから、スタッフとしては最強メンバーだったんですね。
─ その意味では、アドバンス版の移植作業は、『Newマリオ』を生み出すための研究期間だったとも言えるわけですね。
手塚 結果的にはそうなりますね。
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『Newスーパーマリオブラザーズ』大ヒットまでの道のり
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スーパーマリオアドバンス
(2001年3月21日発売)
1992年にスーパーファミコンで発売された『スーパーマリオUSA』のリメイク作
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スーパーマリオアドバンス2
(2001年12月14日発売)
『スーパーマリオワールド』(90年/スーパーファミコン)のリメイク作
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スーパーマリオアドバンス3
(2002年9月20日発売)
95年発売の『ヨッシーアイランド』(スーパーファミコン)のリメイク作
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スーパーマリオアドバンス4
(2003年7月11日発売)
ファミコンで発売された『スーパーマリオブラザーズ3』(88年)のリメイク作
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ファミコンミニ スーパーマリオブラザーズ
(2004年2月14日発売)
初代『スーパーマリオブラザーズ』の移植版
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スーパーマリオ64DS
(2004年12月2日発売)
1996年にN64で発売された『スーパーマリオ64』をDSに移植
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キャッチ!タッチ!ヨッシー!
(2005年1月27日発売)
DSのタッチペンによる操作を生かした新作ACT
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